ガリレオの月
管理人の個人視点で魅力的だと思うイラストをいくつか紹介したいと思います。最初はガリレオが描いた歴史的なサイエンスイラストです。(時間をかけて追加予定)

作:ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)
『Sidereus Nuncius(星界の報告)』(1610年)より
ガリレオの『月』とは
これはガリレオ・ガリレイの1610年出版の書籍『Sidereus Nuncius(星界の報告)』に掲載された、ガリレオ自らが描いた月のサイエンスイラストです。リアルな描写から、ガリレオの観察眼と描写力が見て取れます。ただ、このイラストは、単にガリレオが絵がうまいことをさすものではありません。当時の人々からすると、常識を覆す(あるいは信じがたい)、驚異的なイラストでした。
まず時代背景として、当時は誰もここまで詳しく月を見ることができませんでした。ガリレオは記録に残る限り人類史上はじめて、望遠鏡で宇宙を観察した報告を出した(本で出版した)人です。当時は望遠鏡自体は持っている人はいましたが、望遠鏡で月を観察するという発想がなく、ほとんどの人は月の表面を細かく見たことはなかったと考えられます。しかもガリレオは自作の改良版望遠鏡を使っていたので、月の表面をこれほど細かく観察することは、当時ガリレオしかできなかったと思われます。
つまり、このサイエンスイラストは、誰も見たことのない月の詳しい表面を、初めて記録したイラストという事になります。カメラや写真技術のない当時、このイラストは単なる月の表面の構造を紹介した絵ではなく、以下に示すようなガリレオの月に関する主張の「証拠」としての役割を担っていました。実際に望遠鏡で月を観察できなかった人々にとって、ガリレオの主張を信じるかどうかを決めるにあたり、このイラストの重要性は非常に大きかったと思います。
月のイラストがもたらした衝撃
この月のイラストでは、表面に凹凸がたくさん描かれています。現在は、理科教育を受けたことがある人なら月には「クレーター」という、天体の衝突などによってできた円形のくぼみがあることを知っています。しかし、当時の人にとっては凹凸があることは衝撃的でした。なぜなら、月は完全な球体だと思われていたためです。
これは「へえ」レベルの発見ではありません。当時は宇宙は完全な世界であり、星は欠陥(=凸凹)のない綺麗な球体であると信じられていました。月に凹凸があることは、宇宙も地球と変わらない世界かもしれないことを示しています。これは数千年に渡り人々が信じていた世界観を打ち壊すとんでもない発見でした。
描画力の高さが理解と説得性を高める
このサイエンスイラストは、「描画力が高い」ことがその主張の説得力を高めています。もしも絵が下手だと、クレーターも単なる白黒の模様に見えてしまうリスクがあります。実際、月には模様のように見える部分(「月の海」と呼ばれる部分など)と、凹凸がはっきりと見える部分(クレーターなど)があります。ガリレオはクレーターが単なる模様のようみ見えないよう、凹凸がよりわかりやすい、影と光の境界部分(中央部)を丁寧に描き込んでいています。中央のやや下側にある最も大きいクレーターでは、暗い左面側に食い込んだ部分が明るく描かれ、明るい右面側に食い込んだ部分が暗く描かれています。これにより絵を見た人が、この構造が「へこみ」であることを認識できます。月の光と影の境界部分は、光の角度的に凹凸の陰影が出やすく、立体感が視認しやすい箇所です。ガリレオは境界が中央に来る半月の図をあえて選んで本に掲載したのではないかと思います。

一方、中央部分のクレーター以外の部分は、どんな形状をしているのかがややわかりにくい印象です。それでも、特に中央右側の上部・下部に暗く塗った部分(影)と塗りのない部分(光)を隣り合わせに描くことで、それが単なる模様ではなく凹凸であることを示すことができていると思います。
当時は描くときに参考にできる写真や先行資料としての月のイラストもない時代です。暗いなか、目で見て観察して紙に描きとるのは大変だったと思いますが、ガリレオは丁寧に描画しました。さらに、書籍の本文でもこれが月の表面の凹凸であることを、地球の地表面との類似点を挙げながら説得的に論じています。
終わりに
このイラストのおかげで、ガリレオが月の表面をどのような形だと捉えているのかがわかると同時に、それが単なる空想ではなく、目で見たもの(=事実である)というリアルさも与えてくれています(実際には誇張されている部分はあるようです)。古典的なサイエンスイラストですが、宇宙観を転換したという歴史的な意義からみても、イラストの絵としての魅力から見ても、また、それを描いたのがかの有名なガリレオだったという点でも、インパクトのある作品だと思います。
主な参考文献
- ガリレオ・ガリレイ(著)伊藤一行(訳)(2017)『星界の報告』講談社(原典:1610年)
- 伊藤 和行(2016)「ガリレオの天体観測—観察と理論— 」科学基礎論学会2015年度年会講演要旨
