定義と特徴

サイエンスイラストとは

サイエンスイラストとは、科学的知識を記録・表現・伝達することを目的とした説明図のことです。

中学や高校の理科の教科書にあった銀河や細胞の絵、図鑑の絵、 花や鳥の美しい博物画などをイメージしてください。ああいうものです。科学という難しい世界を目に見えるかたちで描き出すことで、わかりやすくすることはもちろん、関心を引き、イメージを広げ、魅力も感じさせてくれます。

表現形式

サイエンスイラストには、様々な表現が含まれます。歴史的には観察に基づいて描かれた生物画(生きものの細密画・生態画など)や骨格図、解剖図などが含まれますが、20世紀以降は目に見えない世界や概念の世界も描かれるようになりました。目に見えない世界としては、復元画や分子・宇宙、モデル図や模式図、グラフィカルアブストラクトなどが入ります。

研究者によっては観察して描く方をサイエンスイラスト(Scientific illustration)、概念的に描く方を概念図(diagram)として分ける場合もありますが、両者の間には混合的な表現も多く切り分けが難しいため、私は全部を含めてサイエンスイラストと呼ぶ立場をとっています。

描かれる科学の分野

使われている分野は科学全般に広がっています。よく利用されるのは、植物画や動物画(博物図含む)、医学系の解剖学的な図、古生物などの復元画、細胞や分子などのミクロな世界の図、地質学や天文学の地球や宇宙の図などです。理論物理や数学など、絵的な表現のイラストはほとんど使わない分野もあります。一方、申請書などでよく使われる研究計画をまとめた概念図などは、分野を問わず使われる可能性があります。分野によって使う頻度や種類が違うことも、サイエンスイラストの特徴です。

使われる用途

サイエンスイラストの用途も多様です。より専門性が高く、精密さが求められる用途としては、論文の図や専門書の図などがあります。一方で、より一般向けの用途としては、一般書の説明図や理科の教科書の図、情報を伝えるというよりはイメージを促すためにつくられるアイキャッチなどがあります。その中間には、申請書の図やプレスリリースの図、大学レベルの教科書、ジャーナル表紙で利用するカバーアートなどがあります。

専門家向け・一般向け関わらず、インフォグラフィックスと呼ばれる知識やデータをイラストやグラフなどでより直感的に表現する手法もサイエンスイラストと重複することがあります(サイエンスイラストもインフォグラフィックスも厳密な定義がないため、人によって解釈が異なります)。

描く技法

サイエンスイラストの手法も分野や用途によって異なります。伝統的には鉛筆画やペン画、水彩などがありましたが、最近ではPowerPointを使った簡単な概念図や、2DCG(Adobe IllustratorやPhotoshopなどを使ったデジタル絵)ほか、3DCG、インタラクティブメディアやアニメーションなども含まれます。

一方、科学で使われる視覚的な表現のなかでも、写真や実写映像、グラフ、自動合成された画像(例えばCT画像や分子構造の立体構造データの表示等)などは、サイエンスイラストには含まれません。サイエンスイラストは、制作者の手によって1枚1枚意図をもってデザインされた、科学的な知識を伝えることを目的とした表現物を指しています。

サイエンスイラストの呼び方

サイエンスイラストとはサイエンティフィック・イラストレーションや、サイエンス・イラストレーション、サイエンス・アート、科学イラストなどと呼ぶ場合もあります。また、医療や医学分野のメディカル・イラストレーションとも重複しており、特に基礎医学分野ではサイエンス・イラストとメディカル・イラストは同じものを指すことも多いです。サイエンスイラストとインフォグラフィックスの重複領域にあるイラストは、単にインフォグラフィックスと呼ばれることがあります。

私の専門分野である科学論では、Scientific illustrationという表記が多い印象ですが、このサイトでは長い表記を避けるために「サイエンスイラスト」に統一しました。

サイエンスイラストの特徴

前述のように、サイエンスイラストは科学的知識を記録・表現・伝達します。この3つの役割から、サイエンスイラストの特徴を整理してみたいと思います。

記録の役割

サイエンスイラストは、歴史的には「記録」することが大きな役割でした。特に写真がない時代は、自然現象を記録する手段は文字と図しかありません。新発見の植物や動物を記録したり、鉱物の特徴を記録したりするうえでイラストは極めて重要でした。この機能の一部は写真などによって代わられましたが、重要な情報を強調したり情報を取捨選択してより伝わりやすい形に調整することができるサイエンスイラストは、現在でも論文や専門書、図鑑などで使われています。

表現の役割

サイエンスイラストは様々な知識を「表現」できることも重要な点です。

サイエンスイラストは目に見える対象を表現することもありますが、見えない対象を表現することもあります。例えば原子や素粒子などは、顕微鏡などを使っても観察できません。放射線やブラックホールなど、人間の認知力では実態として把握するのが難しい事象もあります。「因果関係」や「相互作用」といった関係性も目に見えるものではありません。サイエンスイラストはそのような事象でもデフォルメや比喩、矢印などを使って目に見えるものとして表現します。本来見えないものや抽象的な理論を人間が認知できるかたちに置き換えていくことで、科学への理解や発想を助けていると考えられます。

また、サイエンスイラストの「表現」により、想像や思考を促すことも可能です。例えば大陸移動説を学んでいるときに昔の大陸のかたちを見れば、「陸がこういうふうにつながって、そのあとこう移動したのだろうか」などと頭のなかで想像することができます。サイエンスイラストは視覚的な思考を促し、理解や推論を発展させる手がかりになります。

伝達の役割

そして、サイエンスイラストは「伝達」する力を持っています。どうして伝達する力を持つのかを、いくつかの観点から整理して見ます。

まず、サイエンスイラストには目や関心をひきつける力があります。これは一般的なイラストにもいえる特徴です。例えばSNSやネット記事を見ているとき、文字しかない投稿はなかなか引き付けられませんが、綺麗な絵があるとそれだけで目がとまります。このように、文字だけの資料よりも、見る者に「見たい」と思わせてくれる力があります。「見る気が起きること」は教育やコミュニケーションをするうえで重要です。見てもらえなければ、中身がどんなに良くて重要だったとしても、伝わることはないからです。

また、サイエンスイラストは理解そのものを促進する力もあります。特に2次元・3次元的な構造など、かたちや位置関係に関わるような情報は、絵でないと理解することができないこともあります。例えばDNAのイラストを見たことがない人に、DNAのかたちや構造を言葉のみで伝えるのは大変だと思います。イラストであれば、そのような構造も理解しやすくなります。また、サイエンスイラストは絵の要素が含まれるために数式や化学式などと比べて表現の具体性が高く、より直感的に理解しやすいと考えられます。

さらにサイエンスイラストは文字と違って一覧性、すなわち全体像を見渡せるという特徴もあります。文章は最後まで読まなければ結論や結論に至るまでの道筋が見えませんが、イラストであれば二次元的に関係性が示されるため、結論や関係性を素早く理解することができるようになり、理解の負担を軽減することができます。

ほかにも、記憶に残りやすいといった様々な特徴や機能がありますが、ここではこれくらいにできればと思います。
このように、サイエンスイラストは記録・表現・伝達する機能を通じて、科学の営みを支えています。

写真時代のサイエンスイラストの役割

読者のなかには、写真があるならサイエンスイラストはいらないのではないか。そう考える方もいるかもしれません。 確かに、写真が登場したことで、歴史的にサイエンスイラストの仕事の一部は必要なくなりました。 図鑑には写真が掲載されることが多くなりましたし、 科学論文ではイラストよりも写真の方が、「確かな証拠」として使われています。しかしながら、イラストのすべての役割を写真が代替できるわけではありません。

対象を描画する場合でもそのまま描かない

たとえば植物図鑑に載っている、「ウメ」を考えてみましょう。 写真はウメの「ある木の、ある時期の姿」を写します。しかし、実際のウメは様々な姿に変化します。 花が咲いている時期もあれば、実がついている時期もあります。 イラストならばウメの好きな時期を描くことができますし、花と実を一枚の絵の中に同時に描くこともできます。

また、植物の種類を判断する上では、葉がどうついているか、花弁は何枚でおしべはどうついているか、といった情報も大事です。 反対に、実際の植物には、虫に食われている、枯れかかっている葉など、植物分類学上必要のない情報も多くみられます。 科学的に必要な情報がすべて見え、科学的に必要のない情報がすべてみえないような理想的なウメを見つけることはほとんど無理でしょう。 しかし、サイエンスイラストならば理想的なウメを描き出すことができます。

写真にはできない表現技法

サイエンスイラストには写真にはできない表現技法もたくさんあります。 たとえば、以下のようなものがあります。

  • 表面を透明にして内側を見せる
  • 光源を入れられない角度から光を当てて立体感を捉えやすくする
  • 重なっているものを少しずつずらして見せる
  • 重要性が低い箇所を省略する
  • 重要性が高い箇所を色や線で強調する
  • デフォルメや比喩的な表現をする
  • 表現可能な比率やスケールに変える(銀河と地球を同時に見せる等)
  • 矢印や複数シーンを重ねることで、動きや経過などを表現する
  • 生々しさを取り除く(解剖図など)

さらに、写真には絶対にできないこととして、見えないものを描くということもでき ます。 古生物学では、絶滅した生物を研究しています。生きている恐竜の姿は写真では絶対に写すことはできません。 イラストならば遠くにある星の姿も描けますし、電子や光の波長も、絵にすることができます。 時空を超えて、あるいは実体のないものまで、絵にできるものはなんでも描き出すことができます。

このように、イラストは写真には表現できないものを表現することができます。 もちろん写真は重要ですが、写真があるからといってイラストの役割がなくなることはありません。多様な写真・画像・映像がある現代においても、サイエンスイラストの利用が減るどころか増えていることが、その必要性を物語っていると思います。