美しさや面白さの源泉とは
サイエンスイラストは科学的に正確に描く必要があるため、自由度が低く「つまらなそう」と感じる人もいるかもしれません。でも実際には美しく、奥深く、さらには個人的なクリエイティビティも発揮できる分野です。博物画のように、美術品とも評価されることもあります。そのような美しさや面白さはどこから来るのでしょうか。ここでは管理人が考える魅力を3点にまとめました。
対象がもつ美しさや面白さ
美しさや面白さを感じる理由のひとつは、対象となる自然の現象・事物そのものが美しさや面白さをもつためです。例えば精巧なエビ・カニや昆虫の標本画はそれ自体が生き物の造形の美しさを表現してくれます。写真と異なり、不必要な陰影やゴミ、個体がもつ個性などが排除され、より見やすい構図やインパクトあるシーンで描かれることで、自然の精巧さや面白さが強く印象付けられます。
獲物に襲い掛かるトラなど自然の迫力あるシーンを切り取れば、描かれたシーンに対する様々な想像力がかき立てられます。分子の複雑な構造が、何かの模様のように広がって、ひとつ世界を感じることもあります。
対象を科学的に正確に描くサイエンスイラストのアプローチは、そのような自然そのものがもつ魅力を引き出すことができます。
科学的なまなざしのおもしろさ
サイエンスイラストはただ現実を表現するのではなく、「科学からみた」現象や構造を表現します。
例えばDNAのリボンモデルは、まるでDNAが実際にあのかたちであるかのように描いていますが、あくまでモデルであり、実際のDNAの形状を示すものではありません。空間充填モデルという表現の仕方と比べても、二つのモデルではかなり形状が違うことがわかります。DNAを2本のリボンに比喩して表現すると、どう複製するのか、どう転写するのかといった様々なDNAに関わる現象を説明しやすいため、そのように表現しています。このように科学的に正しいからと言って、現実に忠実とは限りません。

作:ARIGA Kana
植物の標本画を描く場合も、実際に渡された標本は乾燥でペタンコだったり、色が退色していたりしますが、イラストレーターがそれらの情報をもとに、その植物が生きている典型的な姿を組み立て直して描き出しています。さらにはイラストでは目に見えないはずの世界、例えば放射線や素粒子、ブラックホールなども表現します。実物を観察して忠実に描くのではなく、科学の仮説としてモデルや、こう表現すると「理解しやすい」というかたちを描きます。このため、科学の知識が変化すれば絵が描かれる表現も変化します。以前の恐竜の復元画では、恐竜はワニやトカゲのような肌をしていましたが、最近では羽毛が描かれているものも増えてきました。それは恐竜に関する科学知識が変化したためです。
このように、サイエンスイラストは、科学という「まなざし」からみた世界を描きます。それが現実に近い場合もあれば、(少なくとも見た目上は)かけ離れている場合もあります。サイエンスイラストの魅力の一つは、科学のものの見方・考え方のおもしろさにもよると考えています。
描き手の個人としてのクリエイティビティ
科学的に正確に描くというと、縛りがとても強いのではないかと考える人も多いと思います。でも実際にサイエンスイラストを描こうとすると、どのシーンを描くのか、構図は何か、どう概念化するのか、どうデフォルメをするのか、何を強調し、何を省略するのかなど、意外なほど自由度が高く、自分で考えなくてはいけないことが多くあります。そういうときは科学的知識を用いて理論詰めでどう描くか考えることもある一方で、こうしたらより面白く、魅力的になるのではないかとクリエイティブに発想する場合もあります。
また、科学知識は完全ではありません。このため、現代の科学ではまだ「わかっていないこと」もたくさんあります。言葉や数式ではわかっている部分だけを表現できますが、イラストではわからないことも描かなければならないことがあります。例えば恐竜の色は何色なのか。この2つのたんぱく質はどのように結合するのかといったことです。あるいは、そもそも描こうとしている現象が、本来は視覚的に見えない(=視覚的に表現できない)ものであることも多いです。放射線は目に見えませんし、電子や量子に色はありません。このため、現実に即して描くことはできません。このような不確実な部分や表現不能な部分は、理詰めで推論することはもちろん、想像力を膨らませたり、描き手の感性で描くこともあります。
描き手の画風の個性や技量によってもサイエンスイラストは変わります。私は頭蓋骨を鉛筆で描くワークショップを補助したことがありますが、参加者が同じレプリカを見ながら描いているにも関わらず、また、同じくらいの科学的な正確さを保っているにも関わらず、描かれた作品はかなり違う印象になることが多いです。線の選び方、陰影のつけ方に違いが出たり、柔らかい/堅い雰囲気になるなど、描画に個性が出るのです。オーデュボンやルドゥテのように特に人気のある博物画家がいるのは、単に描く対象となる鳥や花が人気なのではなく、描き手の技術力、作品の芸術性が評価されているためです。人間の手による表現である限り個性がゼロになることはなく、むしろその個性もサイエンスイラストの魅力になると考えています。

作:ピエール=ジョセフ・ルドゥーテ(1759-1840)
終わりに
このようにサイエンスイラストの魅力は、対象そのもの面白さや科学的な視点の面白さ、描き手の画風などが複雑に組み合わさっています。科学的な視点の面白さなどは、芸術では表現できない、サイエンスイラストならではの魅力でもあります。もっとも魅力的なのは、対象自体も科学的にも面白く、素晴らしい描き手が描いたサイエンスイラストです。現代は漫画風など、画風も広がりがあります。自分なりに好きなサイエンスイラストを探してみるのも良いかもしれません。
