学術的な研究動向

科学の視覚文化とその研究分野

サイエンスイラストはさまざまな分野で研究されていますが、私自身は科学論の科学の視覚文化をベースに研究をしています。科学論は「科学とは何か」「科学とはどういう営みか」ということを人文社会科学的(哲学・歴史・社会科学等)に問う学術分野で、科学の視覚文化とは、「観察する」「視覚的に思考する」「表現する」「図で議論する」「図を解釈する」といった視覚に関わる一連の活動とそれを支える価値観や慣習を指します。サイエンスイラストは、科学の視覚文化の中のトピックのひとつです。

科学の視覚文化を理解することは、「科学」とはどのような営みなのかを理解するうえで重要です。科学の歴史を振り返ると、少なくとも印刷技術が広がり、近代科学が誕生したといわれる16~17世紀以降、視覚を使って観察したり、図を使って記録や伝達、説得を行ったりしてきました。また、視覚を使った望遠鏡や顕微鏡、目に見えない世界を視覚化する技術(宇宙からの電波の画像・ビッグデータの視覚化等)は科学の代表的な研究ツールであり、このような視覚化技術は科学の発展に大きな影響を与えています。

このような背景から科学論、なかでも科学史や美術史、科学哲学、科学社会学といった分野で科学の視覚文化が議論されてきました。ここでの関心は、イラストや図の表現や教育効果というよりかは、図や視覚的な実践を通して科学という営みをどう理解できるのか、ということにあります。ここではこの科学論における学術の動向を紹介します。

なお、関連する言葉に科学の視覚表象(Representation)や科学の図像(Images)、科学のアトラス(Atlas)といった言葉がありますが、ヘンチェルが整理した「科学の視覚文化」という概念が最も包括的だと考え、関連する研究全体を「科学の視覚文化」と呼んでいます。

科学論における学術的な流れ

科学論(特に科学史や科学哲学)では、伝統的に言語を重視した研究(歴史的な科学論文や科学者による手紙の文章を分析する等)が行われてきました。その流れに変化が生じたのは1980~90年代です。この時期から「representation in science (科学の表象)」や「image of science(科学の図像)」を取り上げた論文が増えていきます。

この流れのさきがけになったのはラドウィック(1976年)の「The emergence of a visual language for geological science 1760-1840(地質科学のための視覚言語の出現1760~1840年)」という論文です(Rudwich, 1976)。そこでは、地質学の研究者コミュニティの中で図=視覚言語が登場して成長し、地質学という分野の発展を担ったということを論じています。この研究により、図が科学の営みやその歴史的変化に重要な影響を与えうることが認識されました。

その後、科学の図や図を作る者たちに着目した歴史研究(Ford, 1993など)が増え、科学史の最高峰ジャーナルであるIsisでは2006年に「科学と視覚文化:Science and visual culture」という特集が組まれます。80~90年代は美術史家や視覚文化史家も参入し、科学を題材にバーバラ・スタフォード Barbara Staffordやジョナサン・クレーリーJonathan Craryといった芸術系の研究者が著作を発表しました。さらに図は単なる言語の代替ではなく独自の役割を示すことを論じた哲学系の研究も増えていき、1991年のジャーナルBiology & Philosophy6巻2号では科学の表象論文が特集されました。加えて図を通じて科学的知識や科学実践がどうあるのかを論じる科学社会学や科学人類学の研究が増えていきます。この科学実践を論じる研究では「科学知識の社会学」やアクターネットワーク理論の発展を背景に、言説の分析では議論できなかった「何を観察し記録したのか」「どのように議論したのか」「記録や知識がどう研究室や専門分野を越えて広がったのか」といった実践的な側面が議論できるようになりました。代表的な研究にはリンチとウールガー(編)(1990年)による『Representation in scientific practice(科学実践の表象)』があります(Lynch and Woolgar, 1990)。

2000年代前後になり科学の視覚表象を分析対象とする研究が一般化してくると、視覚表象の研究が増え、関心も多様化していきます(Burri and Dumit, 2008)。さまざまな画像やビジュアライゼーションが科学者の知識生産や知識の普及にどうかかわるのかという観点からの研究が行われ、さらには「視覚表現がどのように受容されるのか」といった点や、図の性質や教育効果の研究なども行われ、議論が広がりました。この頃になると科学の表象や図像をテーマにした書籍も数多く出版されるようになります(Pauwels, 2006など)。

さらに、2000年代は科学の視覚文化自体も大きく変化しました。様々な研究がデジタルに移行し、ビッグデータや複雑なビジュアライゼーションなども扱われるようになる中で、科学における「the visual turn(視覚的展開)」(Carusi et al., 2015)と呼ばれる潮流が生まれ、科学の視覚文化においても、データ視覚化などコンピューターを使った視覚化の議論が活発化します。

2007年にはダストンとギャリソンによる『Objectivity(客観性)』が出版されました(Daston and Galison, 2007、 邦訳は2021年)。この専門書では、科学で使われてきた膨大な図像(グラフや画像などを含む)を分析し、科学に特徴的とされてきた「(機械的)客観性」が19世紀に現れてきたことを示しています。この研究により、図像の研究が単に科学の図像だけの理解を深めるのではないことを改めて示し、科学者の認識に踏み込んだ分析にも利用できることを示しました。

そして2014年にヘンチェルが『Visual Cultures in Science and Technology: A Comparative History (科学技術における視覚文化:比較史)』という専門書を出版しました(Hentschel, 2014)。ヘンチェルは科学の視覚文化に関する文献を読みつくしたと豪語し(実際には読みつくしていないという批判はされていますが)、その動向や論点を整理しました。彼は先行研究の論点を24に分類していますが、これが意味することは、科学の視覚文化がひとつの関心やひとつの理論的土台にのって系統だって研究されているというよりも、多様な関心、多様なアプローチで研究が行われていることを示しているのではないかと思います。

現在の研究動向と研究の始め方

現在の科学の視覚文化においては、従来の科学知識や科学実践の分析や図像の歴史的変化といった科学論的な問いだけでなく、図の効果や影響、社会受容といった実務的な関心に基づく研究にも広がっています。その研究は様々な分野やジャーナルに分散して存在し、前述のとおり、系統だっているというよりは研究者のそれぞれの関心から図を論じているという印象です。

一方で、このサイトの読者が期待しているかもしれない、「こういう表現をすればよりわかりやすい」「こうすればよりインパクトに残る」といった図を描く表現と効果を結び付けた検証は、あることはあるのですが、あまり進んでいないように見えます。科学イラストの「わかりやすさ」といった効果は、内容、表現、画風、デザイン、時代、文化、慣習、個人の好みなどが複雑に絡み合って作り出されるため、例えば「細胞はオレンジにすればわかりやすい」のような単純な効果を取り出して検証するのは、難しいのだと思います。もちろん、丁寧に層化していけばある程度の傾向は見える可能性はありますが、絶対的な「わかりやすい表現」を明らかにすることを目指すより、国や分野、媒体ごとの現状の表現動向を分析する方が、取り組みやすいのではないかと思います。

もしも研究を始めたい人がいたとしたら、そもそもどこから先行研究を始め、どう研究を組み立てればいいのかは悩ましい問題です。図を通じた科学実践の分析など、比較的先行研究が多いテーマもありますが、先行研究が少ない散発的なテーマも多いです。科学の図の「主流派」のような研究動向は気にせず、多様な関心があることを踏まえ、ご自身の関心とご自身の専門に近い研究方法をベースに、できることを探っていけば良いのではないかと思います。

専門を持っていない方(学生など)の場合は、科学の視覚文化をいきなり研究し始めるよりも、その土台となる分野(科学史、科学社会学、科学教育、デザイン、認知科学など)を決めてその基礎を学ぶところからスタートするのが良いかもしれません。

参考文献リスト

  • Burri, R. V., & Dumit, J. (2008) Social Studies of Scientific Imaging and Visualization. In E. J. Hackett, O. Amsterdamska, M. E. Lynch, & J. Wajcman (Eds.), The Handbook of Science and Technology Studies (pp. 297-317).
  • Brian J. Ford (1993) Images of Science: A History of Scientific Illustration. Oxford University Press.
  • Carusi, A., Hoel, A.S., Webmoor, T., & Woologar, S. (Eds.) (2015). Visualization in the Age of Computerization. Routledge.
  • Daston, L. & Galison, P. (2007) Objectivity. Zone Books.(ロレイン・ダストン,ピーター・ギャリソン(瀬戸口明久・岡澤康浩・坂本邦暢・有賀暢迪訳)(2021)『客観性』名古屋大学出版会)
  • Hentschel, K. (2014) Visual Cultures in Science and Technology: A Comparative History. Oxford University Press.
  • Lynch, M. and Woolgar, S. (eds)(1990) Representation in scientific practice. MIT Press.
  • Pauwels, L. (Ed.)(2006)Visual Cultures of Science. Dartmouth College Press.
  • Rudwich, M. J. S. (1976) ”The Emergence of a Visual Language for Geological Science 1760-1840,” History of Science, Vol. 14, pp.149-195.

科学の視覚文化の研究動向についての文章が日本語で読める文献はこちら

  • 橋本 毅彦 (2008)『描かれた技術科学のかたち: サイエンス・イコノロジーの世界』東京大学出版会
  • 橋本 毅彦 (2022)「最近の図像をめぐる科学史研究について:クラウス・ヘンチェルの研究を中心に」『哲学・科学史論叢』Vol. 24, p. 41-65.